ソラの罪歌(つみうた):裏切られた革命と二つの命の箱舟
第四話 復讐の標的:七年後の善意
1. 帝都への潜入
夜、帝都の給水管が集中する地下深く。リディアスは全身を黒い戦闘服で覆い、ガスマスクを装着していた。体には旧文明の技術を応用してゼニスが改良した小型爆弾と、精密な潜入ツールが装備されている。隣にはリーダーのゼニスと、数人の精鋭メンバーがいた。
「いいか、リディアス。アルマの結婚式は、奴らが最も無防備になる瞬間だ。警備は厳重だが、全員が広場の歓声に気を取られている」ゼニスが囁いた。「お前の役目は、警備システムの主要なコアを破壊し、俺たちが正面から突入する道を切り開くことだ」
リディアスが破壊目標とするのは、旧文明の技術で造られた**「帝都防衛シールド」**の制御室だった。
「ターゲットはアルマ一人。余計な流血は避ける」
リディアスは静かに言った。彼の目は、7年間の憎悪と、カノンから託された使命との間で揺れていた。破壊工作の訓練を積む一方で、彼はカノンの言葉——「武力による復讐は、アルマと同じ過ちを繰り返すだけだ」——を忘れたことはなかった。
ゼニスは鼻で笑った。
「流血を避けるだと? お前を救うために流された俺たちの仲間の血を忘れたか? アルマと、彼女の血を引く一族、そして奴らを崇拝するメルキア人の血を流さずして、俺たちに未来はない」
リディアスは口を開かなかった。彼の復讐は、ゼニスのような盲目的な破壊ではなく、支配の根幹である「知識」の破壊へと変質していたが、その真の目的をゼニスに悟らせるわけにはいかなかった。
2. 潜入と運命の再会
リディアスは単独で地下水路から帝都の宮殿内部へと侵入した。結婚式を翌日に控え、宮殿は華やかな装飾で彩られ、慌ただしい準備の真っ只中だった。
制御室へ向かう途中、彼は中庭に面した回廊を横切る必要があった。
その瞬間、彼の視線が凍りついた。
中庭では、数人の侍女に囲まれ、一人の少女が立っていた。
白い肌、穏やかな瞳、そして帝都最上級の純白のドレス。彼女は間違いなく、7年前に処刑台へ向かうリディアスに、善意の焼き菓子を渡した少女だった。最高指導者アルマの娘、エル・マリア。
彼女の顔は、7年前の無邪気さとは違い、どこか寂しげで憂いを帯びていたが、その美しさは変わらなかった。彼女は、明日アルマと結婚し、アルマの権力基盤を強化する道具となる、リディアスにとって最も重要な暗殺の標的の一人だった。
リディアスは壁の影に隠れ、呼吸を止めた。彼の心臓は、7年間で初めて、憎悪ではなく、激しい混乱で鼓動した。
憎むべき独裁者の血を引く者。だが、彼女の善意が、リディアスがテロリストとして生きるという皮肉な運命を決定づけた。
エル・マリアは侍女たちに何かを指示した後、ふと、リディアスが隠れている暗い影の方を見た。
「どうかしたのですか、お嬢様?」
エル・マリアの隣に立つ、原人類の侍女が尋ねた。彼女は、アン。かつてR区の奴隷NO.1であり、エル・マリアに忠誠を誓う人物だ。
エル・マリアは首を横に振った。
「いいえ、何も。ただ、妙な寒気を感じて……」
その時、アンの視線が、一瞬だけリディアスの影に留まった。リディアスは、アンの瞳の中に、奴隷だった者特有の、鋭く、注意深い光を見た。
アンはすぐさまエル・マリアを促した。
「早くお戻りください、お嬢様。明日の準備があります」
3. 計画の破綻
リディアスは、暗殺計画を実行に移すため、再び移動を始めた。彼の手に握られた小型爆弾は、エル・マリアの姿を見たことで、まるで重い鉛のように感じられた。
(アルマを殺せば、全てが終わる。この憎悪の連鎖が……)
(だが、エル・マリアを巻き込むのか? あの善意の娘を?)
彼の心は激しく揺れ動いた。爆弾のタイマーを設定しようとしたその瞬間、背後から冷たい声が響いた。
「NO.3772番……いや、リディアス・ソラ。7年ぶりだな」
リディアスは驚愕して振り返った。そこに立っていたのは、数人の警備兵に囲まれた、侍女アンだった。彼女の表情は冷酷で、一切の感情が読み取れない。
「なぜ……」
「お前の動きは、R区の奴隷のそれだ。決して消えない。そして、その憎悪の炎も。お前を助け出したゲリラ組織の情報を、私は7年間、ずっと待っていた」
アンは、エル・マリアの純粋な善意と、アルマへの絶対的な忠誠心の間で生きていた。彼女にとって、リディアスは**「お嬢様の平和を乱す者」**であり、裏切り者だった。
「待て、アン。俺は……」
「黙れ!」アンは警備兵に指示した。「この男はテロリストだ。最高指導者アルマ様の暗殺を企てた。即座に拘束し、厳重な独房へ」
リディアスは即座に戦闘態勢に入った。彼は数秒で警備兵を数人倒したが、宮殿の警備は想像以上に迅速だった。増援が次々と現れ、彼は狭い通路で囲まれてしまった。
「ゼニスに伝えろ! 計画は中止だ!」リディアスは無線で叫びながら、最後の抵抗を試みた。しかし、その声は通信を遮断する警備システムのノイズにかき消された。
彼は抵抗を続け、中庭の植え込みを突き破って、宮殿の塀を乗り越えようとした。だが、塀の向こうに待ち構えていたのは、厳重に警備された北門だった。
逃げ場はない。
リディアスは腹部に警棒の衝撃を受け、よろめいた。彼の体は7年前と同じように、再び屈辱的な痛みに支配された。彼は、自分が人生で二度目の、理不尽な逮捕をされたことを悟った。
4. 独房と二度目の死刑宣告
リディアスは、宮殿の地下深くにある、特別に厳重な独房に投げ込まれた。前回よりも遥かに冷たく、厚い鉄扉に閉ざされた空間だった。
数時間後、看守長が入ってきた。彼はリディアスの手錠を外すこともなく、ただ一つの紙片を突きつけた。
「テロリスト、リディアス・ソラ。貴様は国家への反逆罪、最高指導者への暗殺未遂罪により、裁判なく即座の処刑を宣告された。明日の夜明け、広場で再び絞首台に立つことになる」
リディアスは、全身の力を失い、冷たい床に崩れ落ちた。
7年前、彼は死の直前で救われた。その救いが、彼を復讐という狂気の道へと追いやった。そして今、彼は再び死の淵に立たされている。
彼がポケットに入れていた、7年前の焼き菓子の包みが、彼の手のひらに食い込んだ。あの善意の行為が、皮肉にも彼をこの場所に引き戻したのだ。
(これが、俺の復讐の旅の終わりか……アルマ……)
彼は、無力な怒りを噛み殺した。武力による破壊も、復讐の炎も、全てが失敗に終わった。
その時、独房の鉄扉が、再び静かに開いた。
そこに立っていたのは、看守ではなかった。純白のドレスをまとい、顔色の悪いエル・マリアと、その隣に立つ侍女アンだった。
エル・マリアは、リディアスの無残な姿を見て、息を呑んだ。
「なぜ……なぜ、あなたはテロリストになったの?」
彼女の悲しみに満ちた問いかけが、独房の冷たい空気を震わせた。リディアスは、この少女に、自らの人生の始まりと終わりを決定づけた、**「善意の皮肉」**の全てを突きつける時が来たと悟った。
次話予告: 牢獄でのエル・マリアとの対話は、リディアスの復讐の人生の真実を明らかにする。彼を救うため、ゲリラ組織の最後の襲撃が始まるが、その流血の脱出劇が、新たな宿敵と、復讐の連鎖の終焉を決定づける……


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