『クロスカラーウォーズ|帝都蒼天録』ー 蒼き絆の原典:天海蒼と蒼井凛 ー

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蒼き絆の原典:天海蒼と蒼井凛

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蒼き絆の原典:天海蒼と蒼井凛

1.紫煙に消える盾

慶応から明治へ。年号が変わるということが、これほどまでに残酷な断絶を意味するとは、幼い少女には知る由もなかった。

江戸の海域を護る「海防の盾」。それが、幕府より代々その任を授かってきた凛の一族に与えられた誉れ高い呼び名であった。徳川の世が終わりを告げても、彼らは変わらず海の平穏を信じ、古びた、しかし頑強な木造の砦と防衛船を守り続けていた。異国船の脅威が日に日に増す中、彼らだけは「和の魂」を以て海を制そうとしていた。

その夜、海は不気味なほど凪いでいた。

突如として、水平線の彼方から漆黒の軍艦が現れた。それは幕府の持ち船でも、正式な政府の船でもない。掲げられた旗印は、不吉な色彩を放つ「紫」。

「……あれは、何?」

父の背中の後ろで、幼い凛は震えた。

次の瞬間、夜の静寂は咆哮に変わった。最新鋭のアームストロング砲が火を噴き、凛たちの防衛船を一瞬にして業火の檻へと変えた。

「凛、逃げろ! 海へ飛べ!」

父の声が、爆鳴にかき消される。木材が悲鳴を上げて砕け、炎が空を焦がす。凛が必死に甲板を駆ける中、彼女の視界に、燃え盛る火柱の中に佇む一人の女の姿が映った。

不自然なほど鮮やかな「紫の着物」を翻し、冷徹な美しさを湛えたその女――九条瑠璃は、沈みゆく船を、まるで不要なゴミを片付けるかのように見つめていた。

彼女に悪意はない。あるのは、ただ一つの「確信」だ。

「世界は進んでいます。古き盾は、もはや日本の夜明けを邪魔する壁に過ぎません」

瑠璃の放ったその言葉は、爆音の中で凛の耳に届くことはなかったが、その「紫」という色は、凛の魂に一生消えない呪いとして焼き付いた。

逃げ場を失った凛を、巨大な爆発が襲った。

熱風が彼女の小さな体を吹き飛ばし、砕け散った鉄片と焼けた木材が、彼女の左手と左足を無慈悲に刈り取った。

「あ、が……っ」

声にならない悲鳴と共に、彼女は冷たい海へと投げ出された。

海水が傷口を苛み、意識が遠のく中、彼女が見た最期の景色は、自分たちの誇りであった船が紫の炎に包まれて沈んでいく光景だった。

2.蒼き武士の救済

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帝都・東京の片隅にある、吹き溜まりのような海岸線

一ヶ月後。帝都・東京の片隅にある、吹き溜まりのような海岸線。

そこには、泥にまみれ、ボロ布を纏い、動かぬ左身を引きずって這いずる「生ける屍」のような少女の姿があった。

凛は助かっていた。だが、それは幸運と呼べるものではなかった。両親を失い、家系を焼かれ、半身を奪われた彼女を待っていたのは、文明開化に浮き足立つ人々からの冷遇だった。

「汚らわしい」「不具者が縁起でもない」

投げつけられる石。蔑みの視線。凛の瞳からは、すでに涙さえも枯れ果てていた。彼女の心は、あの夜の炎と同じ色に染まり、やがて無へと帰そうとしていた。

その時だった。

泥濘の地面に、一点の曇りもない「蒼」が降り立った。

「……見つけたぞ。海防の末裔か」

凛がゆっくりと顔を上げると、そこには男装の麗人が立っていた。

凛々しい武士の装束。腰には厳かな二振りの刀。その姿は、かつて父が「我が主」と仰ぎ、江戸の街を裏から、そして表から護り続けてきた天海一族の当主、天海蒼(あまみ・あおい)その人であった。

蒼は、凛の両親にとって遥か雲の上の上官であり、江戸の秩序そのものを象徴する存在だ。しかし、時代の転換期において、天海一族もまた、新政府と旧弊な勢力の間で困難な舵取りを強いられていたはずだった。

「蒼……様……」

凛の掠れた声に、蒼は黙って膝をついた。高貴な武士の衣が泥に汚れるのも厭わず、彼女は凛の汚れた顔を覗き込んだ。

「お前の父も、母も、私の誇りであった。あの日、救援が間に合わなかったことを……許せとは言わぬ。だが、お前をここで終わらせることは、私の誇りが許さぬ」

蒼の手が、凛の痩せ細った右手を包み込む。

「凛、聞け。お前を焼いたのは『紫』の傲慢だ。あやつらは、新しい時代という大義名分を盾に、尊い命の重さを忘れている」

蒼の瞳には、凛と同じ、あるいはそれ以上の深い悲しみと、静かなる憤怒が宿っていた。

「死ぬか。それとも、私の『影』となり、その失った四肢の代わりに真鍮の牙を得て、再び秩序のために戦うか。……選べ、凛」

凛には、もはや迷う理由などなかった。自分を拾い上げてくれたのは、世界でたった一人、自分と同じ価値観を持ち、自分と同じ敵を見据えているこの「蒼い武士」だけだった。

「……ゆき、ます。蒼様……。私は、貴方の……色になりたい」

その瞬間、凛の止まっていた時間が、再び動き出した。

3.真鍮の鼓動と蒼き名の継承

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天海一族の屋敷の奥深く、秘密裏に設けられた工房

天海一族の屋敷の奥深く、秘密裏に設けられた工房には、連日連夜、真鍮を叩く音と蒸気の吐息が響き渡っていた。

蒼は、天海家に代々伝わる莫大な財と、海外から取り入れた最新のカラクリ技術を融合させ、凛の「再誕」を試みた。

「痛むか、凛。耐えろ。これが、お前が明日を掴むための骨組みとなる」

蒼自らが袖を捲り、真鍮の歯車と螺子を凛の断端に適合させていく。生身の肉体と、冷たい金属が接合される苦痛は、並の人間であれば狂い死ぬほどのものであった。

しかし、凛は歯を食いしばり、一滴の涙も流さなかった。

左手には、繊細な動きを可能にする真鍮の指を。左足には、大地を力強く踏みしめるための頑強なカラクリの脚を。

数ヶ月に及ぶ調整の末、凛は再び自分の足で立つことができた。

真鍮が噛み合い、小さな蒸気を吐き出す音が、彼女の新しい心音となった。

ある月明かりの夜。屋敷の庭園で、蒼は凛を前にして座した。

蒼は一振りの小刀を抜き、凛の真鍮の義手の甲に、一文字を刻み込んだ。

「……蒼」

刻まれたのは、天海蒼の名の一字であった。

「今日からお前は『凛』ではない。私の名を与えよう。お前は今日から、蒼井凛(あおい・りん)だ」

蒼の声は、凛の魂の芯まで響いた。

「天海の名は私が背負う。お前はその傍らに咲く、蒼き井戸のように深く、清き刃となれ。私の苗字から一字を与えたのは、お前が私の半身であり、家族であるという誓いだ」

「蒼井……凛……」

凛は、自分の新しい名を反芻した。

苗字に刻まれた「蒼」の文字。それは、自分を地獄から救い出し、失った半身の代わりに「力」をくれた主君との、永遠の契約。

「凛。お前の表情が消えたのは、心が死んだからではない。あの日、感情を真鍮の奥に閉じ込めたからだ。ならば、その冷徹さを武器にしろ。情を捨て、私の意志を遂行するカラクリとなれ。それが、お前という武士の生きる道だ」

「はい、蒼様。この真鍮の腕、このカラクリの脚……すべては貴方の秩序のために。そして、あの紫の着物を、貴方の青で塗りつぶすその日まで」

現在、クロスカラーウォーズの最前線。

青チームの先鋒として戦場を駆ける「カラクリ武者」蒼井凛の姿がある。

彼女の無機質な表情の裏には、天海蒼から与えられた「蒼」という名の誇りと、九条瑠璃への静かなる殺意が、真鍮の鼓動と共に刻まれ続けている。

天海蒼は、武士の装束を翻し、戦場を指揮する。

その隣には、常に影のように寄り添う少女、蒼井凛がいる。

江戸を護り、日本の均衡を保たんとする「青」の絆は、真鍮の音と共に、混迷の時代を切り裂いていく。

(完)

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蒼井凛と天海葵

▼リンク 蒼き絆の年代記 (Blue Bond Chronicle) 

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