第一話 NO.R3772:世界で最も古い名前
1. R区の生と死
灼熱の太陽が照りつけるアスファルトの地獄。リディアス・ソラは、自分の名前を呼ばれることが許されない世界に生きていた。彼の名前は、ただの記号。
NO.R3772番。
それが、彼がメルキア人国家に与えられた唯一のアイデンティティだった。
革命が成功し、原人類が旧支配者メルキア人を地下へ追いやったのは、彼がまだ幼い頃だった。だが、その革命はすぐに裏切られた。新たな指導者アルマは、原人類を「地上世界を汚染した旧文明の残滓」と断じ、かつてメルキア人が自分たちにしたように、原人類を奴隷とした。
メルキア人の首都、R区。それは、リディアスを含む原人類の子供たちが、重労働を強いられる隔離区域だった。彼らはメルキア人の豊かな生活を支えるインフラ建設に従事させられていた。
「おい、NO.3772! 手を動かせ! 陽が落ちる前にこの配管を繋げ!」
「はい、親方」
親方と呼ばれる原人類の男は、かつてリディアスの村の長老だった。今は皆、このR区で同じ奴隷の鎖に繋がれている。
リディアスは錆びついたパイプを肩に担ぎ、汗と埃で汚れた顔を拭った。彼の瞳は常に虚ろで、希望という感情をとうに失っていた。彼の故郷は、革命直後の報復で、他の多くの原人類の集落とともに焼き払われた。彼の心臓には、ただ復讐という冷たい炎だけが宿っていた。
2. 解放記念パレードの光と影
その日、R区の労働者たちは、メルキア人の帝都の中心部まで駆り出されていた。数年に一度の**「解放記念パレード」**が開催されるため、警備用のバリケードの設置を命じられたのだ。
帝都の空気はR区とはまるで違っていた。美しくデザインされた高層ビルが立ち並び、人工の滝が涼しげな水しぶきを上げていた。道行くメルキア人たちは皆、白い肌と整った顔立ちを持ち、清潔な服をまとっていた。彼らの顔には、この世界の支配者であるという揺るぎない確信が浮かんでいた。
パレードの開始を告げる、けたたましいファンファーレが鳴り響いた。
豪華絢爛なフロートが次々と通り過ぎ、メルキア人たちの歓声が空を覆い尽くす。リディアスはバリケードの影に隠れて、黙々と作業を続けていた。メルキア人の顔をじっと見ることは、彼らにとって**「傲慢な反抗」**と見なされ、重い罰則が科される。これは新国家の最も厳しい法律の一つだった。
そして、パレードのハイライト。
銀色に輝く装甲車に守られ、一人の女性が姿を現した。
彼女こそが、メルキア人国家の最高指導者であり、彼らの解放者、そしてリディアスたち原人類にとっては新たな独裁者——アルマだった。
アルマは二十代前半。透き通るような白い肌と、長く編み込まれたプラチナブロンドの髪を持つ。その瞳は冷たく、そして狂信的な理想に満ちていた。彼女は手を振り、メルキア人たちの歓声は最高潮に達した。
その瞬間、リディアスは吸い込まれるように、アルマの顔を直視してしまった。7年前、彼が幼い頃に故郷を焼き払う命令を下した、憎むべき敵の顔。
「……アルマ……」
リディアスが小さく呟いたその声は、歓声にかき消されたはずだった。しかし、メルキア人の聴力は、原人類よりも遥かに優れている。
リディアスの視線に気づいたアルマは、フロートの上でピタリと動きを止め、その鋭い視線をリディアスに向けた。彼女の美しい顔が、憎悪と侮蔑の感情で歪んだ。
「何だ、あの汚い奴隷は」
アルマの冷たい声が、拡声器を通じて帝都中に響き渡った。歓声が止み、一瞬にして空気が凍りつく。
「人類はメルキア人を直視してはならない。 新法の第一条だ。それを破るか、この汚れた残滓め」
アルマは警備兵に手で合図を送った。
「即時連行。二度と立ち上がれないように叩きのめせ。 処刑は明日で結構」
警備兵がリディアス目掛けて駆け寄ってくる。リディアスは、パレードの喧騒の中で、人生で最初の理不尽な暴力を受けることになった。
彼の意識は、警棒が何度も頭に振り下ろされる鈍い音と共に、暗闇へと沈んでいった。
3. 独房と死の宣告
次にリディアスが目を覚ました時、彼は冷たい石造りの独房に一人で横たわっていた。頭からは血が流れ、全身の骨が軋んでいる。
「……最悪だ……」
壁の隙間から差し込む光で、外が夜になったことを知る。
数時間後、独房の重い扉が開き、メルキア人の看守が薄笑いを浮かべながら入ってきた。
「R3772番。起きたか。良かったな、もう少し長くこの世界を楽しめるぞ」
看守は独房の壁に貼られた紙を指さした。それは翌日の公開処刑のリストだった。
「お前は、明日のトップバッターだ。独裁者アルマ様の逆鱗に触れたのだ。光栄に思え」
リディアスは、痛みで掠れる意識の中で、自分の名前がリストの最初にあることを認識した。彼は立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
公開処刑。
7年前、故郷を焼き払われた後、彼は同じような光景を遠くで見たことがあった。原人類たちが首を吊るされる様子を。彼らには、自分の運命を決める権利さえなかった。
リディアスは唇を噛み締め、天井を見上げた。憎悪だけが、彼の生命を繋ぎ止める最後の綱だった。
「……アルマ。俺は……まだ死ねない……」
彼の、復讐の旅が、明日、無慈悲に終わろうとしていた。
次話予告: 処刑を待つリディアスの前に現れたのは、予期せぬ「善意の皮肉」だった。そして、広場を揺るがすテロの閃光が、彼の運命を急転させる……



コメント