ソラの罪歌(つみうた):裏切られた革命と二つの命の箱舟
第三話 知識の灯火:地下に眠る旧文明の遺産
1. 地下の生活と憎悪の炎
リディアスがテロリスト集団の隠れ家に身を置いてから、三ヶ月が過ぎた。
彼の新たな日常は、帝都の地下水路と、旧文明時代に造られたシェルター跡を転々とすることだった。生活は過酷を極めたが、リディアスにとって、それはR区の奴隷生活より遥かにマシだった。ここでは、鎖に繋がれる代わりに銃を持つことが許され、憎悪をエネルギーに変えて生きることができた。
ゲリラのリーダー、ゼニスは、リディアスに目をかけていた。彼はリディアスの内に秘められた、純粋で、鋼鉄のように硬い復讐の炎を感じ取っていたからだ。
「いいか、リディアス。メルキア人の警備兵どもは、地上で一番の訓練を受けている。だが、彼らは慢心している。我々原人類の憎悪の深さを、奴らは知らない」
ゼニスは錆びついたアサルトライフルを分解しながら、リディアスに教え込んだ。リディアスはゼニスの指導の下、戦闘技術、潜入術、そして爆弾の取り扱いを驚異的な速さで習得していった。
しかし、この組織の誰もが、ゼニスのように盲目的に憎悪に突き動かされているわけではなかった。
「リディアス、本当にこれでいいのかい?」
そう問いかけたのは、彼の次に若いゲリラ兵、ミカだった。彼女はリディアスが救出された公開処刑の場で、母親を失っていた。
「俺たちに必要なのは、復讐だけじゃない。この戦いの先に、どんな世界を作るのか、という設計図だ」
「設計図だと? 世界を壊すのに、設計図は要らない。必要なのは、メルキア人と同じ数の弾丸と、アルマの首だ」リディアスは冷たく答えた。
「アルマを殺して、どうなる? また別のメルキア人が立ち、支配を続ける。あるいは、俺たちがメルキア人を支配し、新たなアルマになる。歴史は常に繰り返すんだ」
ミカの言葉は、リディアスの胸に小さな氷の破片のように突き刺さった。それは、リディアスが押し殺そうとしていた、心の奥底にある疑問だった。憎悪は燃料になるが、世界を築く礎にはならない。
2. カノンの遺産
ある日、ゼニスがリディアスに極秘の任務を与えた。
「この地下水道の最深部には、メルキア人が封印した**『旧文明のアーカイブ』**が眠っているらしい。アルマが最も隠したがっている、世界の真実だ。それを探して、爆破しろ。破壊こそが、奴らの精神的な支柱を折る」
リディアスは単独で、地下水道の最も危険な区域、放射能汚染が残る旧シェルターへと向かった。
防護マスクと懐中電灯を頼りに、リディアスは幾重もの隔壁を通り抜け、広大な地下空洞へと辿り着いた。そこには、メルキア人国家が完全に隠蔽しようとした痕跡が残されていた。
壁には、地上世界が放射能で汚染される前の、青く澄んだ空の写真。そして、かつて存在した高度な科学技術の図面。メルキア人たちが「神話」として教え込んできた「地上の人類が自分たちの過ちで世界を滅ぼした」という教えが、嘘である可能性を示唆していた。
その空洞の中心で、リディアスは一台の古い端末機を発見した。それは分厚い装甲に守られ、かろうじて機能していた。リディアスはゼニスから渡された小型爆弾をセットする前に、好奇心に抗えなかった。
彼は、学んだばかりの解析技術を駆使し、端末の起動を試みた。画面には、パスワード入力を求める簡素な画面が表示された。
リディアスは、故郷の村の長老から、遊び半分で教わった**「世界で最も古い名前」**を入力した。
SOLA
画面が眩しい光を放ち、起動した。端末は、彼を歓迎するかのようにメッセージを表示した。
『ウェルカム、リディアス・ソラ。あなたは、知識を求める、最後の一人だ』
3. 裏切りの革命家、カノン
画面に現れたのは、一人の老いたメルキア人の映像だった。
カノン。
彼は、メルキア人国家の現指導者アルマの父、ジークの盟友であり、メルキア人革命の理論的指導者だった人物だ。
「もし君がこのメッセージを見ているなら、それは私が予期した未来が来たということだ。アルマは、私を裏切った」
カノンの声は穏やかだったが、深い悲しみを帯びていた。
カノンは、メルキア人が抱える**「知識への絶対的な依存」と「原人類への憎悪」が、世界を滅ぼす二つの毒であることを知っていた。彼は知識を公開し、融和によって世界を再建しようと試みた。しかし、アルマは「知識は支配のための武器である」**と主張し、カノンを裏切り、彼を投獄したのだ。
「アルマは、旧文明の知識を独占し、メルキア人以外のすべてを奴隷とする新たな独裁国家を築いた。原人類の君、リディアス・ソラよ。君の復讐心は理解できる。だが、武力による復讐は、アルマと同じ過ちを繰り返すだけだ」
カノンは画面越しに、リディアスの瞳をまっすぐに見つめた。
「君が本当に憎悪の連鎖を断ち切りたいなら、ゼニスのように爆弾を使うな。アルマの支配の根幹を、知識で破壊しろ。 アルマの持つ知識を上回る、真の旧文明の叡智が、この地下には眠っている」
カノンは、自身が秘密裏に開発した旧文明のデータアーカイブの場所をリディアスに伝えた。それは、メルキア人国家の誰もがアクセスできない、帝都の遥か上空に築かれた**巨大な人工衛星軌道上のデータセンター、「アーク」**の暗号化されたアクセスキーだった。
「真の解放は、大地ではなく、その上に築かれた空にある。 知識こそが、鎖を断つ唯一の刃だ。君の旅は、ここから始まる」
カノンはメッセージを終えると、端末機は白煙を上げて完全に破壊された。
4. 復讐の軌道修正(七年間の潜伏と研鑽)
リディアスは、爆弾を爆破することなく、ゼニスのもとへ戻った。
「どうだった? 知識は破壊したか?」ゼニスが尋ねる。
「はい。全て焼き払いました。だが、それだけではありません」リディアスは答えた。「アルマの支配は、武力ではなく、知識によって成り立っている。我々が奴らを倒すには、奴らの持つ知識を上回る、旧文明の技術が必要です」
リディアスは、ゼニスには嘘を交えながら、知識の必要性を力説した。ゼニスは懐疑的だったが、リディアスの冷静な判断力と、復讐への執着を信じていたため、リディアスの提案を受け入れた。
「分かった。お前は特別だ。破壊工作に加え、旧文明の技術の残滓を調達し、分析することを許可する。ただし、戦うことは止めない。知識は、あくまで俺たちの弾丸を強化するための道具だ。」
こうして、リディアスの人生は二重の螺旋を描き始めた。
日中はゼニスと共にテロ活動と戦闘技術の訓練を続け、夜間は、旧文明の記録、暗号技術、そしてメルキア人が独占する**「知識」**の構造を、血眼になって分析した。
七年の月日が流れた。
リディアスは、ゼニス派最強の闘士となり、同時に、組織内で唯一、旧文明の技術を理解し、その応用を可能にする**「頭脳」**となった。彼は17歳になっていた。
彼の復讐の炎は、物理的な破壊という方向から、支配の根幹の破壊という、より知的な、そしてより冷酷な方向へと進化していた。
そして、メルキア人国家の最高指導者アルマが、帝都で盛大な結婚式を挙げるという情報が、ゲリラ組織にもたらされた。
リディアスにとって、それはアルマに最も近づける、そして復讐を果たす、最初で最後の機会となることを意味していた。
次話予告: 復讐の最終計画が始動。帝都に潜入したリディアスが、7年ぶりに再会したのは、かつて彼に「善意の皮肉」を与えた少女、アルマの娘エル・マリアだった。彼女は、今やリディアスの復讐の対象、アルマの*「結婚相手」*となっていた……


コメント