第五話 贖罪の接点:二人の囚人と血の脱出
1. 独房での対話
冷たい独房の中、リディアスとエル・マリアは向かい合っていた。アンは鉄扉の前で、感情を押し殺した表情で立ち尽くしている。
「なぜ……なぜテロリストになったの?」エル・マリアは再び尋ねた。その声は震え、純粋な悲しみに満ちていた。「私は、あなたが幸せになってくれることを祈っていた。あの時、私があの焼き菓子を渡したのは、あなたに生きてほしかったからよ」
リディアスは、7年前の焼き菓子が包まれた紙片を強く握りしめた。
「あの焼き菓子は、俺の鎖を断ち切った。だが、それは俺に**『憎悪という自由』**を与えただけだ。7年前、俺の家族と村は、あなたの父、アルマの命令で焼き払われた。あの時、俺の隣で処刑された男は、俺の父だ」
エル・マリアの顔から血の気が引いた。彼女は、父の支配が原人類にどれほどの残虐行為を強いてきたかを、漠然としか知らなかった。
「父が……そんな……」
「あなたの善意は純粋だった。だが、その善意は、俺の復讐の燃料になった。俺はアルマを殺すために生きてきた。そして、その過程で、誰よりも純粋なあなたを傷つけようとしていた」リディアスは静かに告白した。「俺たちは、支配者と奴隷という鎖で結ばれているのではない。裏切られた善意と、歪んだ正義という鎖で結ばれているんだ」
エル・マリアは涙を流した。
「私は知っていたわ。父の帝国が、多くの人の犠牲の上に成り立っていることを。私は、その罪を償うために、父の結婚相手になることを受け入れた。私がアルマの側にいることで、少しでもこの支配を穏やかにできると信じて……」
「愚かだ!」リディアスは声を荒げた。「それは罪の償いではない! アルマの支配の道具になるだけだ!」
エル・マリアは、独房の冷たい壁にもたれかかった。
「私たちに、他に何ができるの? 武力でアルマを倒しても、また新たな支配者が生まれるだけでしょう?」
その言葉は、カノンがリディアスに語った言葉と全く同じだった。
リディアスは深呼吸し、エル・マリアの目をまっすぐに見つめた。
「カノンという男を知っているか? 彼は、この支配を終わらせるための唯一の設計図を俺に託した。それは、破壊ではなく、知識による支配の逆転だ」
リディアスは、アルマが独占する旧文明の**「アーク」**の存在と、カノンから受け継いだ暗号化されたアクセスキーについて、全てをエル・マリアに打ち明けた。
「俺は、復讐のためにアルマを殺すのではない。知識を解放し、支配の根幹を崩壊させるために、この宮殿から脱出しなければならない」
2. 襲撃、血塗られた脱出
その時、独房の鉄扉が激しく振動した。
「リディアス! 生きているか!」
ゼニスの声だった。彼らは、リディアス救出のために、無謀にも宮殿の地下へ総攻撃を仕掛けてきたのだ。警報が鳴り響き、帝都全体がパニックに陥った。
アンは即座に警備兵に連絡を取ろうとしたが、エル・マリアがその腕を掴んだ。
「アン、待って! 彼の話を聞いたでしょう? 父の支配を終わらせる方法が、これ以外にあるというの?」
アンの心は、主への忠誠と、リディアスの語った「知識の解放」という究極の理想の間で引き裂かれた。
「私は……お嬢様を守るためなら、何でもする」
その瞬間、ゼニスが爆薬で鉄扉を吹き飛ばし、独房に飛び込んできた。彼はリディアスを見るなり、安堵の表情を見せたが、すぐにエル・マリアの存在に気づき、憎悪を露わにした。
「リディアス、なぜ貴様はメルキア人の娘といる! 今すぐそいつを人質にしろ!」
「ゼニス、待て!」リディアスは叫んだ。「彼女は人質ではない。彼女は、俺たちに必要な**『鍵』**だ!」
ゼニスは聞く耳を持たなかった。彼はエル・マリアに向かって銃を構えた。
「俺たちの同志を裏切ったメルキア人の血を引く者め。お前がここで死ねば、アルマの精神的な支柱は崩壊する!」
しかし、その瞬間、リディアスとエル・マリアの間に、アンが飛び込んだ。
「撃たないでください、ゼニス!」アンは懇願した。「お嬢様は罪を償う道を探している。彼女は、支配の終焉を望んでいます!」
ゼニスは一瞬躊躇したが、警備兵の銃声が近づいてくるのを聞き、判断を急いだ。
「馬鹿め! 知識など、支配者の都合のいい言い訳だ! 俺たちの解放は、血でしか得られない!」
ゼニスは銃口をアンからリディアスに向けた。
「貴様は変わった、リディアス。復讐の炎を失った。もう仲間ではない!」
その激しい対立の最中、警備兵たちが独房になだれ込んできた。銃弾が飛び交い、一瞬にして血まみれの戦闘が始まった。
ゼニスは警備兵の盾となりながら、リディアスに叫んだ。
「行け、リディアス! お前が裏切者だと分かっていても、俺はお前を失いたくない! 知識とやらで、本当に世界を救えるなら、やってみろ!」
ゼニスは最後の力を振り絞り、自爆装置を作動させた。爆発の轟音が宮殿の地下全体を揺らし、通路が崩壊した。
その隙に、リディアスはエル・マリアの手を引いた。アンはゼニスの残骸に一瞬立ち尽くしたが、すぐに主人の後を追った。
3. 復讐から使命へ:二つの別れ
三人は地下水路の残骸を通り抜け、帝都の外縁にある廃墟の街へと逃れた。
ゼニスと仲間の犠牲の上に、リディアスは二度目の脱出を果たした。彼の心は、復讐の炎を失った喪失感と、ゼニスの犠牲が与えた重い使命感で満たされていた。
廃墟の一角で、リディアスはエル・マリアに、アークのアクセスキーを託した。
「俺は、ゼニスの犠牲を無駄にはしない。俺の使命は、アルマを殺すことではなく、知識を解放し、この世界の欺瞞を暴くことだ」
彼はエル・マリアに、地上に残る原人類の同志たちに接触し、彼らの手でアークの知識を世界中に広めるよう依頼した。
「あなたは、俺たちの世界の希望だ。メルキア人の血を引く者で、アルマの支配の構造を知り、なおかつ善意を持つ、唯一の人間だ。この鍵を託す。アルマの支配に、終止符を打ってくれ」
エル・マリアは涙を拭い、強く頷いた。
「必ず、やり遂げるわ。私自身の、そして父が犯した罪の償いのために」
アンは、無言でエル・マリアの側に立った。彼女は、ゼニスを裏切ったという深い罪悪感を抱えながらも、エル・マリアの瞳に映る新たな希望に、忠誠を誓った。
リディアスは、彼らの後ろ姿に、深く一礼した。彼は、アルマへの復讐を捨て、より大きな使命のために、孤独な道を選ぶ決意をした。
彼は、自分をテロリストへと変えた焼き菓子の包みを、瓦礫の中にそっと置いた。
その瞬間、リディアスの無線に、ノイズと共に新たな通信が入った。それは、ゼニスとの通信とは違う、洗練された、メルキア人国家の上層部が使用する暗号化された回線だった。
『リディアス・ソラ。逃亡者、NO.3772。貴様は我が計画の、最も重要な駒となった。感謝する』
リディアスは全身の血が逆流するのを感じた。
その声の主は、最高指導者アルマその人だった。
次話予告: アルマの計画の全貌が明らかに。アルマはリディアスを利用し、自身の*「真の目的」を達成しようとしていた。リディアスは、自分が壮大な陰謀の駒であったことを知り、アルマとの最終対決、そして天空のデータセンター「アーク」*への潜入を果たす。


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