クロスカラーウオーズ|平安異聞「七色ノ裁キ」|第二話:妖艶なる幻影と、血筋の復讐

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第二話:妖艶なる幻影と、血筋の復讐

一. 理(ことわり)の亀裂と、地下への目星

天海 葵(あまみ の あおい)との対話から一夜が明けた。耀は、葵が残していった**「禁忌の地下施設」**の情報を、咲耶と共に陰陽寮の古文書と照らし合わせていた。阿闍梨の監視を避けるため、作業は人目につかない寮の最奥で行われた。

「姉様。葵殿が示したこの地図…都の外れ、荒廃した朱雀大路の地下を指しています。これは、朝廷が**『穢れの溜まり場』**として封印した記録と一致します」咲耶は、巻物を広げながら声をひそめた。

耀は、清明なる霊力で呪文の跡をトレースしながら言った。

「葵の情報は正確です。しかし、彼の目的は私を動かし、彼の情報戦に引き込むこと。理を信じる限り、彼の言葉すべてを信用することはできません」

それでも、耀の心には亀裂が入っていた。葵の指摘、そして夜音の憎悪。彼女の純白の裁きが、真実を隠すための道具であったという可能性は、彼女のすべてを否定する。

(私は、理に従う。だが、その理が私を欺くのならば、私の意志で真実を切り開く)

耀は、葵の地図が示す地下施設への最も確実な入口を探り当てた。それは、貴族屋敷が密集する一角にある、今は使われていない古い井戸だった。

「咲耶、準備を。今夜、その井戸から地下へ降ります。この情報は、誰にも漏らしてはならない」

二. 紫苑の香り、蝶の羽音

夜。耀と咲耶は、貴族の目を避け、目的の井戸にたどり着いた。井戸は固く封印されており、その上を覆う土からは、微かに腐敗した霊気が立ち上っていた。

耀が封印を解くべく霊符に集中した、その時だった。

辺りの空気が一変した。腐敗した霊気が洗い流され、代わりに辺り一面を甘く、妖艶な紫苑(しおん)の香りが包み込んだ。それは、嗅覚だけでなく、霊力までもが麻痺させられるような、魅惑的な呪いの匂いだった。

「姉様、この霊力…!近づいてきます!」咲耶が警戒の声を上げる。

闇の中から、二つの影が現れた。

一人は、藤の宮 菫(ふじのみや の すみれ)。紫チームのリーダー。華やかな十二単衣(じゅうにひとえ)を纏い、顔の半分を妖しく透ける紫の布で覆っている。その瞳は、すべてを誘惑し、惑わす幻術の光を放っていた。

そして、その傍には、紫蝶 魅音(しちょう みおん)。紫蝶の家紋を思わせる軽装の装束を纏い、背中からは黒と紫の混じった蝶の羽根を思わせる、異形の羽がわずかに覗いていた。彼女の身体は、いつでも変身し、戦闘に移行できる臨戦態勢にあった。

「あら、いらっしゃいませ。純白の裁き人様」

菫は、扇子で口元を隠しながら、艶めかしく笑った。

「藤の宮 菫。貴様が、今宵、我らを襲う者か」耀は霊符を構え、警戒を最大に高める。

「襲う、だなんて人聞きが悪い。ただ、貴女の**『正義』が、私たちの『真実』をどれだけ穢してきたか、それを貴女自身**に見せて差し上げたいだけよ」

三. 魅了の呪言と、裁きの幻影

菫が扇子を一振りすると、紫苑の香りが一気に濃くなる。それは、強力な**魅了の呪言(めりょうのじゅごん)**を乗せた幻術の波紋だった。

咲耶は即座に**「白銀の散華」**の霊力で姉の周りに防御結界を張るが、幻術は霊力ではなく、精神に直接干渉する。

耀の瞳が大きく見開かれた。彼女の視界は、瞬時に歪んだ。目の前に広がるのは、古びた井戸ではなく、数年前に彼女の裁きによって滅びた、夜音の故郷の山間の里だった。

里は炎上し、里人たちが怨嗟の目で耀を見つめている。

「なぜだ、耀!私たちを裁く理など、どこにある!」

夜音の父を思わせる里の長が、血を流しながら耀を指さす。

「お前は、都の穢れを浄化するふりをして、ただ権力の犬として、私たちの命を弄んだ!」

無数の声が、耀を責め立てる。その声は、菫の魅了の呪言によって、耀の心に残る自責の念を具現化したものだった。

耀の精神は激しく動揺する。幻術とはいえ、彼女のを崩壊させようとするこの光景は、夜音の言葉よりも、葵の論理よりも、彼女を深く傷つけた。

その隙を見逃さず、菫は井戸の封印に霊力を注ぎ込む。彼女の真の目的は、耀を倒すことではなく、耀が追いかけてきた**「禁忌の実験記録」**の残滓を奪うことだった。

「咲耶、姉様に手を出させない!」

四. 蝶と散華、一瞬の攻防

咲耶は、姉の動揺に気づき、すぐさま魅音(みおん)の接近を阻止すべく動いた。

魅音は、半人半妖の混血。紫苑の香りの下で、その体術は常人の域を超えている。彼女は異形の姿へと変身し、手足には鋭い爪が伸び、蝶の羽が高速で振動し、音もなく咲耶に肉薄した。

「邪魔よ、小娘!」魅音の低いうなり声。

咲耶は、冷静に**「白銀の散華」**を発動。無数の小さな霊力の結晶が、広範囲にわたって光の雨のように降り注ぐ。これは、攻撃というより、霊力の壁として機能した。

魅音は、その霊力の結晶を全身の体術で寸分違わず叩き落としながら、咲耶の懐に入り込む。

「速い…!」咲耶は驚くが、即座に身を翻し、姉の背中を庇う位置に移動した。彼女の使命は、姉の心の安定と霊力の防御だ。

魅音の爪が、咲耶の狩衣の袖を切り裂く。咲耶は辛うじて致命傷を避けたものの、その体術と変身による速度は、通常の敵ではありえないものだった。

五. 意志の裁き、新たな因縁

幻術の渦中で、耀は己の震える手を強く握りしめた。

(私は、理に従った。しかし、理が悲劇を生み、それが誰かに利用されているのならば…私の純白の裁きは、今、ではなく、意志によってのみ、正義たり得る!)

耀は、幻術の核心である憎悪の波動に、あえて自らの霊力を集中させた。そして、幻影に向かって、**「清明なる霊符」**を放つ。

それは、里の長を指した幻影の光線だったが、耀は幻術の法則を瞬時に解析し、光線のターゲットを、里の長ではなく、幻術を操る菫自身の霊力の核へと書き換えた。

「――崩壊せよ!」

幻術が弾け飛ぶ!純白の霊光が夜の闇を切り裂き、菫は「きゃあっ」という嬌声と共に、幻術の反動で大きく後ろに吹き飛ばされた。

「魅音!撤退よ!」

菫は井戸の封印が解けたことを確認し、手に入れた呪術記録の断片(夜音の探していた木簡の一部の情報)を、霊力で瞬時に遠隔転送させた。

魅音は素早く菫を抱え上げ、二人は紫苑の香りを残して闇へと消える。

耀が立ち上がったとき、目の前の井戸は開いていた。しかし、井戸の内部は、既に無色に近い冷たい霊気で満たされていた。そして、彼女の霊力感知の範囲外で、夜音の低い声が響いた。

(「…受け取ったぞ、菫。これは、お前たち、両方への贈り物だ」)

夜音は、菫が盗んだ情報を手に入れた。その情報が、耀の命を、そして都の真実を、どこへ導くのか。

耀は、初めて**「白」「黒」「紫」「青」の四つの色が、運命の糸で絡み合ったことを悟った。彼女の意志**による裁きは、今、誰も予測できない、複雑な闘争の渦に巻き込まれ始めた。

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