第一話 NO.R3772:世界で最も古い名前

- R区の生と死
灼熱の太陽が照りつけるアスファルトの地獄。リディアス・ソラは、自分の名前を呼ばれることが許されない世界に生きていた。彼の名前は、ただの記号。
NO.R3772番。
それが、彼がメルキア人国家に与えられた唯一のアイデンティティだった。
革命が成功し、原人類が旧支配者メルキア人を地下へ追いやったのは、彼がまだ幼い頃だった。だが、その革命はすぐに裏切られた。新たな指導者アルマは、原人類を「地上世界を汚染した旧文明の残滓」と断じ、かつてメルキア人が自分たちにしたように、原人類を奴隷とした。
メルキア人の首都、R区。それは、リディアスを含む原人類の子供たちが、重労働を強いられる隔離区域だった。彼らはメルキア人の豊かな生活を支えるインフラ建設に従事させられていた。
「おい、NO.3772! 手を動かせ! 陽が落ちる前にこの配管を繋げ!」
「はい、親方」
親方と呼ばれる原人類の男は、かつてリディアスの村の長老だった。今は皆、このR区で同じ奴隷の鎖に繋がれている。
リディアスは錆びついたパイプを肩に担ぎ、汗と埃で汚れた顔を拭った。彼の瞳は常に虚ろで、希望という感情をとうに失っていた。彼の故郷は、革命直後の報復で、他の多くの原人類の集落とともに焼き払われた。彼の心臓には、ただ復讐という冷たい炎だけが宿っていた。 - 解放記念パレードの光と影
その日、R区の労働者たちは、メルキア人の帝都の中心部まで駆り出されていた。数年に一度の「解放記念パレード」が開催されるため、警備用のバリケードの設置を命じられたのだ。
帝都の空気はR区とはまるで違っていた。美しくデザインされた高層ビルが立ち並び、人工の滝が涼しげな水しぶきを上げていた。道行くメルキア人たちは皆、白い肌と整った顔立ちを持ち、清潔な服をまとっていた。彼らの顔には、この世界の支配者であるという揺るぎない確信が浮かんでいた。
パレードの開始を告げる、けたたましいファンファーレが鳴り響いた。
豪華絢爛なフロートが次々と通り過ぎ、メルキア人たちの歓声が空を覆い尽くす。リディアスはバリケードの影に隠れて、黙々と作業を続けていた。メルキア人の顔をじっと見ることは、彼らにとって「傲慢な反抗」と見なされ、重い罰則が科される。これは新国家の最も厳しい法律の一つだった。
そして、パレードのハイライト。
銀色に輝く装甲車に守られ、一人の女性が姿を現した。
彼女こそが、メルキア人国家の最高指導者であり、彼らの解放者、そしてリディアスたち原人類にとっては新たな独裁者アルマだった。
アルマは二十代前半。透き通るような白い肌と、長く編み込まれたプラチナブロンドの髪を持つ。その瞳は冷たく、そして狂信的な理想に満ちていた。彼女は手を振り、メルキア人たちの歓声は最高潮に達した。
その瞬間、リディアスは吸い込まれるように、アルマの顔を直視してしまった。7年前、彼が幼い頃に故郷を焼き払う命令を下した、憎むべき敵の顔。
「……アルマ……」
リディアスが小さく呟いたその声は、歓声にかき消されたはずだった。しかし、メルキア人の聴力は、原人類よりも遥かに優れている。
リディアスの視線に気づいたアルマは、フロートの上でピタリと動きを止め、その鋭い視線をリディアスに向けた。彼女の美しい顔が、憎悪と侮蔑の感情で歪んだ。
「何だ、あの汚い奴隷は」
アルマの冷たい声が、拡声器を通じて帝都中に響き渡った。歓声が止み、一瞬にして空気が凍りつく。
「人類はメルキア人を直視してはならない。 新法の第一条だ。それを破るか、この汚れた残滓め」
アルマは警備兵に手で合図を送った。
「即時連行。二度と立ち上がれないように叩きのめせ。 処刑は明日で結構」
警備兵がリディアス目掛けて駆け寄ってくる。リディアスは、パレードの喧騒の中で、人生で最初の理不尽な暴力を受けることになった。
彼の意識は、警棒が何度も頭に振り下ろされる鈍い音と共に、暗闇へと沈んでいった。 - 独房と死の宣告
次にリディアスが目を覚ました時、彼は冷たい石造りの独房に一人で横たわっていた。頭からは血が流れ、全身の骨が軋んでいる。
「……最悪だ……」
壁の隙間から差し込む光で、外が夜になったことを知る。
数時間後、独房の重い扉が開き、メルキア人の看守が薄笑いを浮かべながら入ってきた。
「R3772番。起きたか。良かったな、もう少し長くこの世界を楽しめるぞ」
看守は独房の壁に貼られた紙を指さした。それは翌日の公開処刑のリストだった。
「お前は、明日のトップバッターだ。独裁者アルマ様の逆鱗に触れたのだ。光栄に思え」
リディアスは、痛みで掠れる意識の中で、自分の名前がリストの最初にあることを認識した。彼は立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
公開処刑。
7年前、故郷を焼き払われた後、彼は同じような光景を遠くで見たことがあった。原人類たちが首を吊るされる様子を。彼らには、自分の運命を決める権利さえなかった。
リディアスは唇を噛み締め、天井を見上げた。憎悪だけが、彼の生命を繋ぎ止める最後の綱だった。
「……アルマ。俺は……まだ死ねない……」
彼の、復讐の旅が、明日、無慈悲に終わろうとしていた。
次話予告: 処刑を待つリディアスの前に現れたのは、予期せぬ「善意の皮肉」だった。そして、広場を揺るがすテロの閃光が、彼の運命を急転させる……
第二話 善意の皮肉:処刑台に届いた閃光

- 檻の中の訪問者
暗く冷たい独房に、再び鉄の扉が開く音が響いた。夜明け前のまだ冷え切った空気の中、リディアスはうずくまったまま、最後の時を待っていた。
入ってきたのは看守ではなかった。メルキア人の警備兵に付き添われ、一人の少女が立っていた。
白い肌、透き通るような瞳。アルマとは違う、穏やかで柔らかな雰囲気を持っていた。身につけているのは、帝都でも最上級の素材で作られたと思しき、光沢のある衣服だ。
リディアスは彼女が誰であるかを知らない。ただ、彼女が支配者の一族であることだけは理解していた。
少女は警備兵に無言で何かを差し出した。警備兵は戸惑いながらもそれを受け取り、独房の隅に置いた。それは、焼きたてのパンと、ガラス瓶に入った水だった。
「ごめんなさい」
少女が静かに言った。その声は、独房の冷たさとは無縁の、暖かさを持っていた。
リディアスは顔を上げず、彼女を睨んだ。
「何が、だ」
「私が、あなたの処刑を命じたわけではないけれど……。昨日、母上があなたを罰したのを見て、とても悲しくなった。あなたはただ、私たちを見ただけなのに」
「母上?」
リディアスは初めて少女の顔をはっきりと見た。彼女こそが、最高指導者アルマの娘、エル・マリアだった。
「あなたは……アルマの娘か」
憎悪が、彼の体内で沸騰する。昨日、彼を処刑台送りにした独裁者の娘が、今、彼に「善意」を差し出している。
エル・マリアは、リディアスの憎悪の眼差しに怯むことなく、続けた。
「あなたはきっと、お腹が空いているでしょう。これを食べて。せめて、安らかに……」
彼女は独房の鍵穴から手を伸ばし、リディアスの手元に小さな紙袋を滑り込ませた。中には、砂糖でコーティングされた、小さな焼き菓子が入っていた。
「これも、私のお小遣いで買ったもの。誰にも見つからないように、食べてね」
彼女はそう言い残すと、警備兵に促され、足早に去っていった。
リディアスは紙袋を握りしめた。7年前、まだ幼かった彼が、故郷を失い、奴隷としてR区に来た直後。あまりに空腹で、帝都のゴミ箱を漁っていた時、彼は警備兵に見つかり、激しく殴打された。その時、彼がゴミ箱から手にしていたのが、メルキア人の子供が食べ残したお菓子の袋だった。
彼にとって、メルキア人の「お菓子」は、屈辱と暴力の象徴だ。
だが、この少女の行為は、彼が抱く絶対的な憎悪の構造を、ほんの僅かだが揺さぶった。彼は結局、パンと水を飲み干した。しかし、お菓子だけは、ポケットに押し込んだ。復讐を遂げるまで、この「善意」の皮肉を忘れないための、冷たいお守りとして。 - 公開処刑の広場
夜が明け、リディアスは広場へと連行された。
帝都の中心にある石畳の広場は、既に数千人のメルキア人で埋め尽くされていた。彼らは皆、自分たちの支配の揺るぎなさを確認するために、この見世物に熱狂している。
処刑台の上には、既に三本の絞首台が設置されていた。
メルキア人の看守長が、拡声器で高らかに読み上げた。
「本日、国家の尊厳を汚し、指導者アルマ様の威厳を冒涜した原人類の残滓、R区所属の労働者たちを処刑する!」
最初に連れてこられたのは、リディアスが最も尊敬していた、R区の「親方」だった。彼は痩せ衰えていたが、その瞳は最後までメルキア人たちへの蔑みを失っていなかった。
「貴様ら……新たな独裁者に飼われた豚どもめ! いずれ、この地は再び我らのものとなる!」
親方の言葉は、歓声と怒号にかき消された。絞首台の扉が開き、親方の体は虚しく空中で揺れた。
続いて、リディアスが知る顔が次々と処刑されていく。かつて共に汗を流した少年たち。彼らの声も、抵抗も、広場の熱狂によって瞬時に飲み込まれた。リディアスは、この理不尽な死の連鎖を、全身の細胞に焼き付けた。
そして、いよいよ看守長が彼の番号を読み上げる。
「最後だ! 指導者アルマ様に直接反抗した、NO.R3772番! 前へ!」
リディアスは、警備兵に引きずられながら階段を上った。首に縄がかけられ、足元の扉に立たされた瞬間、彼はメルキア人たちを見下ろした。その中に、アルマと、そしてその隣に立つエル・マリアの姿が見えた。
「アルマ……覚えておけ。俺は、貴様を、必ず……」
リディアスは最後の力を振り絞り、呪詛を吐き出そうとした。
看守長が高々と手を振り上げる。
「執行!」 - 閃光とテロリストの誕生
その瞬間、世界は沈黙した。
ドォォォン!
広場の片隅、警備棟の壁が、凄まじい轟音と共に爆砕した。閃光と砂塵が空を舞い、メルキア人たちの歓声は一瞬にして悲鳴へと変わった。
テロだ。
リディアスの思考が、この混沌の中で最も明確に機能した。彼を処刑しようとしていた看守長は、爆風で吹き飛ばされ、絞首台は大きく揺れた。
「R3772番! 飛び降りろ!」
砂塵の中から、ガスマスクと黒い戦闘服をまとった数人の人影が飛び出してきた。彼らは銃を乱射し、警備兵たちを薙ぎ倒していく。
リディアスは、反射的に縄から首を抜き、揺れる台から飛び降りた。彼はテロリストの一人に腕を掴まれ、広場の混乱の渦へと引きずり込まれた。
「テロリストどもだ! 追え!」
警備兵たちの怒号が響く中、リディアスは地下水路へと続くマンホールの蓋の下に押し込まれた。
「君はラッキーだ、少年。ゼニス様が君を救えと命じられた。君は我らの希望だ!」
テロリストの一人がそう告げた。リディアスは、自分の命が、憎むべきメルキア人ではなく、この闇の中で活動するゲリラ組織によって救われたことを悟った。 - 復讐への誓い
地下の隠れ家は、帝都の廃墟のさらに下、旧文明の地下水道網に築かれていた。
リディアスの前に立ったのは、屈強な体躯を持つ男、ゼニスだった。彼はゲリラ組織のリーダーであり、リディアスを救出する作戦を指揮した人物だ。
「ようこそ、リディアス・ソラ。お前は今日、奴隷の記号を捨てた。我々は、奴隷だった者たちが持つ、最も古い名前でお前を呼ぶ。お前の名は、リディアス・ソラだ」
「なぜ、俺を救った?」リディアスは掠れた声で尋ねた。
ゼニスは鋭い目でリディアスを見つめた。
「お前は指導者アルマを直視した。その行為は、支配者への最も純粋な反抗の証だ。我々には、その炎が必要だ」
ゼニスは、壁に張られた一枚の紙切れを指さした。それは、広場の公開処刑リストの写しだった。
「処刑は続行された。我々が爆破した時には、既にお前以外の全員が……絞首台で死んでいた」
リディアスは、全身の血が凍りつくのを感じた。
親方も、仲間たちも、処刑を待っていたリディアスが救われた瞬間には、もうこの世にいなかった。エル・マリアの善意も、テロの閃光も、彼らの命を救うことはできなかった。
リディアスが救われたのは、彼一人の命だけ。この理不尽な事実は、彼の心にあった微かな葛藤や動揺を、一瞬にして消し去った。彼に残されたのは、純粋で、鋼鉄のように硬い復讐の炎だけだった。
「……分かった」
リディアスは立ち上がった。全身の痛みなど、もうどうでもよかった。彼はポケットから、エル・マリアがくれた焼き菓子を取り出し、無言で踏み潰した。
「俺は、お前たちと共に戦う。俺の人生は、アルマを、そしてメルキア人の支配を、この世界から消し去るために存在する」
「それでこそ、リディアス・ソラだ!」ゼニスは喜びの声を上げた。
こうして、NO.R3772番は死に、復讐を誓うテロリスト、リディアス・ソラが、メルキア人国家への血塗られた戦いに身を投じることになった。
次話予告: 憎悪を胸にゲリラの一員となったリディアス。彼が次に目にするのは、メルキア人国家の恐るべき秘密と、旧文明の知識にまつわる謎めいた指導者カノンとの出会いだった……
第三話 知識の灯火:地下に眠る旧文明の遺産

- 地下の生活と憎悪の炎
リディアスがテロリスト集団の隠れ家に身を置いてから、三ヶ月が過ぎた。
彼の新たな日常は、帝都の地下水路と、旧文明時代に造られたシェルター跡を転々とすることだった。生活は過酷を極めたが、リディアスにとって、それはR区の奴隷生活より遥かにマシだった。ここでは、鎖に繋がれる代わりに銃を持つことが許され、憎悪をエネルギーに変えて生きることができた。
ゲリラのリーダー、ゼニスは、リディアスに目をかけていた。彼はリディアスの内に秘められた、純粋で、鋼鉄のように硬い復讐の炎を感じ取っていたからだ。
「いいか、リディアス。メルキア人の警備兵どもは、地上で一番の訓練を受けている。だが、彼らは慢心している。我々原人類の憎悪の深さを、奴らは知らない」
ゼニスは錆びついたアサルトライフルを分解しながら、リディアスに教え込んだ。リディアスはゼニスの指導の下、戦闘技術、潜入術、そして爆弾の取り扱いを驚異的な速さで習得していった。
しかし、この組織の誰もが、ゼニスのように盲目的に憎悪に突き動かされているわけではなかった。
「リディアス、本当にこれでいいのかい?」
そう問いかけたのは、彼の次に若いゲリラ兵、ミカだった。彼女はリディアスが救出された公開処刑の場で、母親を失っていた。
「俺たちに必要なのは、復讐だけじゃない。この戦いの先に、どんな世界を作るのか、という設計図だ」
「設計図だと? 世界を壊すのに、設計図は要らない。必要なのは、メルキア人と同じ数の弾丸と、アルマの首だ」リディアスは冷たく答えた。
「アルマを殺して、どうなる? また別のメルキア人が立ち、支配を続ける。あるいは、俺たちがメルキア人を支配し、新たなアルマになる。歴史は常に繰り返すんだ」
ミカの言葉は、リディアスの胸に小さな氷の破片のように突き刺さった。それは、リディアスが押し殺そうとしていた、心の奥底にある疑問だった。憎悪は燃料になるが、世界を築く礎にはならない。 - カノンの遺産
ある日、ゼニスがリディアスに極秘の任務を与えた。
「この地下水道の最深部には、メルキア人が封印した『旧文明のアーカイブ』が眠っているらしい。アルマが最も隠したがっている、世界の真実だ。それを探して、爆破しろ。破壊こそが、奴らの精神的な支柱を折る」
リディアスは単独で、地下水道の最も危険な区域、放射能汚染が残る旧シェルターへと向かった。
防護マスクと懐中電灯を頼りに、リディアスは幾重もの隔壁を通り抜け、広大な地下空洞へと辿り着いた。そこには、メルキア人国家が完全に隠蔽しようとした痕跡が残されていた。
壁には、地上世界が放射能で汚染される前の、青く澄んだ空の写真。そして、かつて存在した高度な科学技術の図面。メルキア人たちが「神話」として教え込んできた「地上の人類が自分たちの過ちで世界を滅ぼした」という教えが、嘘である可能性を示唆していた。
その空洞の中心で、リディアスは一台の古い端末機を発見した。それは分厚い装甲に守られ、かろうじて機能していた。リディアスはゼニスから渡された小型爆弾をセットする前に、好奇心に抗えなかった。
彼は、学んだばかりの解析技術を駆使し、端末の起動を試みた。画面には、パスワード入力を求める簡素な画面が表示された。
リディアスは、故郷の村の長老から、遊び半分で教わった「世界で最も古い名前」を入力した。
SOLA
画面が眩しい光を放ち、起動した。端末は、彼を歓迎するかのようにメッセージを表示した。
『ウェルカム、リディアス・ソラ。あなたは、知識を求める、最後の一人だ』 - 裏切りの革命家、カノン
画面に現れたのは、一人の老いたメルキア人の映像だった。
カノン。
彼は、メルキア人国家の現指導者アルマの父、ジークの盟友であり、メルキア人革命の理論的指導者だった人物だ。
「もし君がこのメッセージを見ているなら、それは私が予期した未来が来たということだ。アルマは、私を裏切った」
カノンの声は穏やかだったが、深い悲しみを帯びていた。
カノンは、メルキア人が抱える「知識への絶対的な依存」と「原人類への憎悪」が、世界を滅ぼす二つの毒であることを知っていた。彼は知識を公開し、融和によって世界を再建しようと試みた。しかし、アルマは「知識は支配のための武器である」と主張し、カノンを裏切り、彼を投獄したのだ。
「アルマは、旧文明の知識を独占し、メルキア人以外のすべてを奴隷とする新たな独裁国家を築いた。原人類の君、リディアス・ソラよ。君の復讐心は理解できる。だが、武力による復讐は、アルマと同じ過ちを繰り返すだけだ」
カノンは画面越しに、リディアスの瞳をまっすぐに見つめた。
「君が本当に憎悪の連鎖を断ち切りたいなら、ゼニスのように爆弾を使うな。アルマの支配の根幹を、知識で破壊しろ。 アルマの持つ知識を上回る、真の旧文明の叡智が、この地下には眠っている」
カノンは、自身が秘密裏に開発した旧文明のデータアーカイブの場所をリディアスに伝えた。それは、メルキア人国家の誰もがアクセスできない、帝都の遥か上空に築かれた巨大な人工衛星軌道上のデータセンター、「アーク」の暗号化されたアクセスキーだった。
「真の解放は、大地ではなく、その上に築かれた空にある。 知識こそが、鎖を断つ唯一の刃だ。君の旅は、ここから始まる」
カノンはメッセージを終えると、端末機は白煙を上げて完全に破壊された。 - 復讐の軌道修正(七年間の潜伏と研鑽)
リディアスは、爆弾を爆破することなく、ゼニスのもとへ戻った。
「どうだった? 知識は破壊したか?」ゼニスが尋ねる。
「はい。全て焼き払いました。だが、それだけではありません」リディアスは答えた。「アルマの支配は、武力ではなく、知識によって成り立っている。我々が奴らを倒すには、奴らの持つ知識を上回る、旧文明の技術が必要です」
リディアスは、ゼニスには嘘を交えながら、知識の必要性を力説した。ゼニスは懐疑的だったが、リディアスの冷静な判断力と、復讐への執着を信じていたため、リディアスの提案を受け入れた。
「分かった。お前は特別だ。破壊工作に加え、旧文明の技術の残滓を調達し、分析することを許可する。ただし、戦うことは止めない。知識は、あくまで俺たちの弾丸を強化するための道具だ。」
こうして、リディアスの人生は二重の螺旋を描き始めた。
日中はゼニスと共にテロ活動と戦闘技術の訓練を続け、夜間は、旧文明の記録、暗号技術、そしてメルキア人が独占する「知識」の構造を、血眼になって分析した。
七年の月日が流れた。
リディアスは、ゼニス派最強の闘士となり、同時に、組織内で唯一、旧文明の技術を理解し、その応用を可能にする「頭脳」となった。彼は17歳になっていた。
彼の復讐の炎は、物理的な破壊という方向から、支配の根幹の破壊という、より知的な、そしてより冷酷な方向へと進化していた。
そして、メルキア人国家の最高指導者アルマが、帝都で盛大な結婚式を挙げるという情報が、ゲリラ組織にもたらされた。
リディアスにとって、それはアルマに最も近づける、そして復讐を果たす、最初で最後の機会となることを意味していた。
第四話 復讐の標的:七年後の善意

- 帝都への潜入
夜、帝都の給水管が集中する地下深く。リディアスは全身を黒い戦闘服で覆い、ガスマスクを装着していた。体には旧文明の技術を応用してゼニスが改良した小型爆弾と、精密な潜入ツールが装備されている。隣にはリーダーのゼニスと、数人の精鋭メンバーがいた。
「いいか、リディアス。アルマの結婚式は、奴らが最も無防備になる瞬間だ。警備は厳重だが、全員が広場の歓声に気を取られている」ゼニスが囁いた。「お前の役目は、警備システムの主要なコアを破壊し、俺たちが正面から突入する道を切り開くことだ」
リディアスが破壊目標とするのは、旧文明の技術で造られた「帝都防衛シールド」の制御室だった。
「ターゲットはアルマ一人。余計な流血は避ける」
リディアスは静かに言った。彼の目は、7年間の憎悪と、カノンから託された使命との間で揺れていた。破壊工作の訓練を積む一方で、彼はカノンの言葉「武力による復讐は、アルマと同じ過ちを繰り返すだけだ」を忘れたことはなかった。
ゼニスは鼻で笑った。
「流血を避けるだと? お前を救うために流された俺たちの仲間の血を忘れたか? アルマと、彼女の血を引く一族、そして奴らを崇拝するメルキア人の血を流さずして、俺たちに未来はない」
リディアスは口を開かなかった。彼の復讐は、ゼニスのような盲目的な破壊ではなく、支配の根幹である「知識」の破壊へと変質していたが、その真の目的をゼニスに悟らせるわけにはいかなかった。 - 潜入と運命の再会
リディアスは単独で地下水路から帝都の宮殿内部へと侵入した。結婚式を翌日に控え、宮殿は華やかな装飾で彩られ、慌ただしい準備の真っ只中だった。
制御室へ向かう途中、彼は中庭に面した回廊を横切る必要があった。
その瞬間、彼の視線が凍りついた。
中庭では、数人の侍女に囲まれ、一人の少女が立っていた。
白い肌、穏やかな瞳、そして帝都最上級の純白のドレス。彼女は間違いなく、7年前に処刑台へ向かうリディアスに、善意の焼き菓子を渡した少女だった。最高指導者アルマの娘、エル・マリア。
彼女の顔は、7年前の無邪気さとは違い、どこか寂しげで憂いを帯びていたが、その美しさは変わらなかった。彼女は、明日アルマと結婚し、アルマの権力基盤を強化する道具となる、リディアスにとって最も重要な暗殺の標的の一人だった。
リディアスは壁の影に隠れ、呼吸を止めた。彼の心臓は、7年間で初めて、憎悪ではなく、激しい混乱で鼓動した。
憎むべき独裁者の血を引く者。だが、彼女の善意が、リディアスがテロリストとして生きるという皮肉な運命を決定づけた。
エル・マリアは侍女たちに何かを指示した後、ふと、リディアスが隠れている暗い影の方を見た。
「どうかしたのですか、お嬢様?」
エル・マリアの隣に立つ、原人類の侍女が尋ねた。彼女は、アン。かつてR区の奴隷NO.1であり、エル・マリアに忠誠を誓う人物だ。
エル・マリアは首を横に振った。
「いいえ、何も。ただ、妙な寒気を感じて……」
その時、アンの視線が、一瞬だけリディアスの影に留まった。リディアスは、アンの瞳の中に、奴隷だった者特有の、鋭く、注意深い光を見た。
アンはすぐさまエル・マリアを促した。
「早くお戻りください、お嬢様。明日の準備があります」 - 計画の破綻
リディアスは、暗殺計画を実行に移すため、再び移動を始めた。彼の手に握られた小型爆弾は、エル・マリアの姿を見たことで、まるで重い鉛のように感じられた。
(アルマを殺せば、全てが終わる。この憎悪の連鎖が……)
(だが、エル・マリアを巻き込むのか? あの善意の娘を?)
彼の心は激しく揺れ動いた。爆弾のタイマーを設定しようとしたその瞬間、背後から冷たい声が響いた。
「NO.3772番……いや、リディアス・ソラ。7年ぶりだな」
リディアスは驚愕して振り返った。そこに立っていたのは、数人の警備兵に囲まれた、侍女アンだった。彼女の表情は冷酷で、一切の感情が読み取れない。
「なぜ……」
「お前の動きは、R区の奴隷のそれだ。決して消えない。そして、その憎悪の炎も。お前を助け出したゲリラ組織の情報を、私は7年間、ずっと待っていた」
アンは、エル・マリアの純粋な善意と、アルマへの絶対的な忠誠心の間で生きていた。彼女にとって、リディアスは「お嬢様の平和を乱す者」であり、裏切り者だった。
「待て、アン。俺は……」
「黙れ!」アンは警備兵に指示した。「この男はテロリストだ。最高指導者アルマ様の暗殺を企てた。即座に拘束し、厳重な独房へ」
リディアスは即座に戦闘態勢に入った。彼は数秒で警備兵を数人倒したが、宮殿の警備は想像以上に迅速だった。増援が次々と現れ、彼は狭い通路で囲まれてしまった。
「ゼニスに伝えろ! 計画は中止だ!」リディアスは無線で叫びながら、最後の抵抗を試みた。しかし、その声は通信を遮断する警備システムのノイズにかき消された。
彼は抵抗を続け、中庭の植え込みを突き破って、宮殿の塀を乗り越えようとした。だが、塀の向こうに待ち構えていたのは、厳重に警備された北門だった。
逃げ場はない。
リディアスは腹部に警棒の衝撃を受け、よろめいた。彼の体は7年前と同じように、再び屈辱的な痛みに支配された。彼は、自分が人生で二度目の、理不尽な逮捕をされたことを悟った。 - 独房と二度目の死刑宣告
リディアスは、宮殿の地下深くにある、特別に厳重な独房に投げ込まれた。前回よりも遥かに冷たく、厚い鉄扉に閉ざされた空間だった。
数時間後、看守長が入ってきた。彼はリディアスの手錠を外すこともなく、ただ一つの紙片を突きつけた。
「テロリスト、リディアス・ソラ。貴様は国家への反逆罪、最高指導者への暗殺未遂罪により、裁判なく即座の処刑を宣告された。明日の夜明け、広場で再び絞首台に立つことになる」
リディアスは、全身の力を失い、冷たい床に崩れ落ちた。
7年前、彼は死の直前で救われた。その救いが、彼を復讐という狂気の道へと追いやった。そして今、彼は再び死の淵に立たされている。
彼がポケットに入れていた、7年前の焼き菓子の包みが、彼の手のひらに食い込んだ。あの善意の行為が、皮肉にも彼をこの場所に引き戻したのだ。
(これが、俺の復讐の旅の終わりか……アルマ……)
彼は、無力な怒りを噛み殺した。武力による破壊も、復讐の炎も、全てが失敗に終わった。
その時、独房の鉄扉が、再び静かに開いた。
そこに立っていたのは、看守ではなかった。純白のドレスをまとい、顔色の悪いエル・マリアと、その隣に立つ侍女アンだった。
エル・マリアは、リディアスの無残な姿を見て、息を呑んだ。
「なぜ……なぜ、あなたはテロリストになったの?」
彼女の悲しみに満ちた問いかけが、独房の冷たい空気を震わせた。リディアスは、この少女に、自らの人生の始まりと終わりを決定づけた、「善意の皮肉」の全てを突きつける時が来たと悟った。
次話予告: 牢獄でのエル・マリアとの対話は、リディアスの復讐の人生の真実を明らかにする。彼を救うため、ゲリラ組織の最後の襲撃が始まるが、その流血の脱出劇が、新たな宿敵と、復讐の連鎖の終焉を決定づける……
第五話 贖罪の接点:二人の囚人と血の脱出
- 独房での対話
冷たい独房の中、リディアスとエル・マリアは向かい合っていた。アンは鉄扉の前で、感情を押し殺した表情で立ち尽くしている。
「なぜ……なぜテロリストになったの?」エル・マリアは再び尋ねた。その声は震え、純粋な悲しみに満ちていた。「私は、あなたが幸せになってくれることを祈っていた。あの時、私があの焼き菓子を渡したのは、あなたに生きてほしかったからよ」
リディアスは、7年前の焼き菓子が包まれた紙片を強く握りしめた。
「あの焼き菓子は、俺の鎖を断ち切った。だが、それは俺に『憎悪という自由』を与えただけだ。7年前、俺の家族と村は、あなたの母、アルマの命令で焼き払われた。あの時、俺の隣で処刑された男は、俺の父だ」
エル・マリアの顔から血の気が引いた。彼女は、母の支配が原人類にどれほどの残虐行為を強いてきたかを、漠然としか知らなかった。
「母が……そんな……」
「あなたの善意は純粋だった。だが、その善意は、俺の復讐の燃料になった。俺はアルマを殺すために生きてきた。そして、その過程で、誰よりも純粋なあなたを傷つけようとしていた」リディアスは静かに告白した。「俺たちは、支配者と奴隷という鎖で結ばれているのではない。裏切られた善意と、歪んだ正義という鎖で結ばれているんだ」
エル・マリアは涙を流した。
「私は知っていたわ。母の帝国が、多くの人の犠牲の上に成り立っていることを。私は、その罪を償うために、母の選んだ結婚相手になることを受け入れた。私がアルマの側にいることで、少しでもこの支配を穏やかにできると信じて……」
「愚かだ!」リディアスは声を荒げた。「それは罪の償いではない! アルマの支配の道具になるだけだ!」
エル・マリアは、独房の冷たい壁にもたれかかった。
「私たちに、他に何ができるの? 武力でアルマを倒しても、また新たな支配者が生まれるだけでしょう?」
その言葉は、カノンがリディアスに語った言葉と全く同じだった。
リディアスは深呼吸し、エル・マリアの目をまっすぐに見つめた。
「カノンという男を知っているか? 彼は、この支配を終わらせるための唯一の設計図を俺に託した。それは、破壊ではなく、知識による支配の逆転だ」
リディアスは、アルマが独占する旧文明の「アーク」の存在と、カノンから受け継いだ暗号化されたアクセスキーについて、全てをエル・マリアに打ち明けた。
「俺は、復讐のためにアルマを殺すのではない。知識を解放し、支配の根幹を崩壊させるために、この宮殿から脱出しなければならない」 - 襲撃、血塗られた脱出
その時、独房の鉄扉が激しく振動した。
「リディアス! 生きているか!」
ゼニスの声だった。彼らは、リディアス救出のために、無謀にも宮殿の地下へ総攻撃を仕掛けてきたのだ。警報が鳴り響き、帝都全体がパニックに陥った。
アンは即座に警備兵に連絡を取ろうとしたが、エル・マリアがその腕を掴んだ。
「アン、待って! 彼の話を聞いたでしょう? 母の支配を終わらせる方法が、これ以外にあるというの?」
アンの心は、主への忠誠と、リディアスの語った「知識の解放」という究極の理想の間で引き裂かれた。
「私は……お嬢様を守るためなら、何でもする」
その瞬間、ゼニスが爆薬で鉄扉を吹き飛ばし、独房に飛び込んできた。彼はリディアスを見るなり、安堵の表情を見せたが、すぐにエル・マリアの存在に気づき、憎悪を露わにした。
「リディアス、なぜ貴様はメルキア人の娘といる! 今すぐそいつを人質にしろ!」
「ゼニス、待て!」リディアスは叫んだ。「彼女は人質ではない。彼女は、俺たちに必要な『鍵』だ!」
ゼニスは聞く耳を持たなかった。彼はエル・マリアに向かって銃を構えた。
「俺たちの同志を裏切ったメルキア人の血を引く者め。お前がここで死ねば、アルマの精神的な支柱は崩壊する!」
しかし、その瞬間、リディアスとエル・マリアの間に、アンが飛び込んだ。
「撃たないでください、ゼニス!」アンは懇願した。「お嬢様は罪を償う道を探している。彼女は、支配の終焉を望んでいます!」
ゼニスは一瞬躊躇したが、警備兵の銃声が近づいてくるのを聞き、判断を急いだ。
「馬鹿め! 知識など、支配者の都合のいい言い訳だ! 俺たちの解放は、血でしか得られない!」
ゼニスは銃口をアンからリディアスに向けた。
「貴様は変わった、リディアス。復讐の炎を失った。もう仲間ではない!」
その激しい対立の最中、警備兵たちが独房になだれ込んできた。銃弾が飛び交い、一瞬にして血まみれの戦闘が始まった。
ゼニスは警備兵の盾となりながら、リディアスに叫んだ。
「行け、リディアス! お前が裏切者だと分かっていても、俺はお前を失いたくない! 知識とやらで、本当に世界を救えるなら、やってみろ!」
ゼニスは最後の力を振り絞り、自爆装置を作動させた。爆発の轟音が宮殿の地下全体を揺らし、通路が崩壊した。
その隙に、リディアスはエル・マリアの手を引いた。アンはゼニスの残骸に一瞬立ち尽くしたが、すぐに主人の後を追った。 - 復讐から使命へ:二つの別れ
三人は地下水路の残骸を通り抜け、帝都の外縁にある廃墟の街へと逃れた。
ゼニスと仲間の犠牲の上に、リディアスは二度目の脱出を果たした。彼の心は、復讐の炎を失った喪失感と、ゼニスの犠牲が与えた重い使命感で満たされていた。
廃墟の一角で、リディアスはエル・マリアに、アークのアクセスキーを託した。
「俺は、ゼニスの犠牲を無駄にはしない。俺の使命は、アルマを殺すことではなく、知識を解放し、この世界の欺瞞を暴くことだ」
彼はエル・マリアに、地上に残る原人類の同志たちに接触し、彼らの手でアークの知識を世界中に広めるよう依頼した。
「あなたは、俺たちの世界の希望だ。メルキア人の血を引く者で、アルマの支配の構造を知り、なおかつ善意を持つ、唯一の人間だ。この鍵を託す。アルマの支配に、終止符を打ってくれ」
エル・マリアは涙を拭い、強く頷いた。
「必ず、やり遂げるわ。私自身の、そして母が犯した罪の償いのために」
アンは、無言でエル・マリアの側に立った。彼女は、ゼニスを裏切ったという深い罪悪感を抱えながらも、エル・マリアの瞳に映る新たな希望に、忠誠を誓った。
リディアスは、彼らの後ろ姿に、深く一礼した。彼は、アルマへの復讐を捨て、より大きな使命のために、孤独な道を選ぶ決意をした。
彼は、自分をテロリストへと変えた焼き菓子の包みを、瓦礫の中にそっと置いた。
その瞬間、リディアスの無線に、ノイズと共に新たな通信が入った。それは、ゼニスとの通信とは違う、洗練された、メルキア人国家の上層部が使用する暗号化された回線だった。
『リディアス・ソラ。逃亡者、NO.3772。貴様は我が計画の、最も重要な駒となった。感謝する』
リディアスは全身の血が逆流するのを感じた。
その声の主は、最高指導者アルマその人だった。
次話予告: アルマの計画の全貌が明らかに。アルマはリディアスを利用し、自身の*「真の目的」を達成しようとしていた。リディアスは、自分が壮大な陰謀の駒であったことを知り、アルマとの最終対決、そして天空のデータセンター「アーク」*への潜入を果たす。
第六話 知識の解放:箱舟の終焉と新たな旋律

- アルマの真の目的
帝都郊外の廃墟。ゼニスの爆発から辛うじて逃れたリディアスは、アルマからの暗号通信に耳を疑った。
「リディアス・ソラ。逃亡者、NO.3772。貴様は我が計画の、最も重要な駒となった。感謝する」
「どういうことだ、アルマ!」リディアスは憎悪を込めて叫んだ。
アルマの声は、冷たく、そしてどこか諦めに満ちていた。
「7年前、私が革命を裏切って最高指導者になったのは、貴様らが『アーク』と呼ぶ旧文明の知識の箱舟の真実を知ったからだ。アークには、エネルギー、医療、全ての知識が詰まっている。しかし、同時に『世界の崩壊を招く知識』も封印されていた」
リディアスは息を呑んだ。
アルマは続けた。「旧文明は、その知識を使って自らを滅ぼした。アークの深層には、世界を再び無に帰す最終兵器の起動プロトコルが眠っている。それは『ソラの罪歌(つみうた)』。カノンは、アークの知識を解放しようとしていた。もし彼が成功すれば、人類は再び破滅的な知識に手を出すだろう」
アルマの真の目的は、知識の独占ではなく、危険な知識の封印だったのだ。そして、彼女は長年の間にアークの防衛システムが老化していることを知っていた。
「私の計画は、貴様たちゲリラを利用して、アークへの侵入経路を破壊させることだった。そして、私が結婚式という混乱の中で、アークに乗り込み、ソラの罪歌を完全に消去する『知識の検疫プログラム』を起動させる。そのために、最も憎悪に満ち、最も侵入能力に長けた駒、貴様が必要だった」
アルマは、リディアスの家族を処刑したことも、彼をテロリストに仕立て上げたことも、すべてがこの最終目標のための冷酷な舞台装置だったと告白した。
「今、アークの防衛システムは貴様が突破したことで崩壊寸前だ。プロトコル起動まで残り30分。リディアス、貴様がその正義を貫きたいのなら、阻止してみせろ。しかし、知っておけ。貴様が知識を解放すれば、世界は再び滅びる」
通信は途絶えた。リディアスは、自分が7年間抱いた復讐心、ゼニスの犠牲、カノンの使命、全てがアルマの掌の上で踊らされていたことを悟った。 - 天空の箱舟への潜入
リディアスは憎悪を乗り越え、決断を下した。アルマの言うことが真実でも、知識を一部の独裁者が永遠に封印することは、未来の可能性を殺すことだ。彼はカノンの言葉を信じることにした。
「知識は共有され、議論されることで初めて、人類を真の進化へと導く」
彼は、ゲリラ時代の最後の装備を手に、帝都上空に浮かぶ巨大なデータセンター「アーク」へと向かった。アークは、白い流線型の機体で、旧文明の技術の粋を集めた、文字通り天空の箱舟だった。
リディアスは、ゼニスが破壊工作に使った脱出ポッドの残骸を利用して、警備網をくぐり抜け、アークの緊急メンテナンスドックに強行着陸した。
アーク内部は、無機質な白と青の光に満ちていた。リディアスは、アルマが向かっているであろう中枢コアを目指し、知識が封印された通路を走った。彼の道中、アルマが起動させた無数の防衛ドローンが彼を襲うが、リディアスは7年間の研鑽で得た戦闘技術を駆使し、それを突破した。 - コアでの最終対決
リディアスが中枢コアにたどり着いたとき、アルマは巨大なメインフレームの前に立っていた。彼女の手が、最終検疫プロトコルの起動スイッチに触れようとしていた。
「遅かったな、リディアス」アルマは振り返ることなく言った。「私がこの知識を消去すれば、貴様が抱いた復讐も、カノンが抱いた理想も、すべて無に帰す」
「そうはさせない!」リディアスは飛び込んだ。「知識を封じることは、人間であることを止めることだ! 失敗から学ぶ機会さえ奪う、真の独裁だ!」
リディアスは、アルマを突き飛ばし、プロトコル起動を阻止しようとメインフレームに手を伸ばした。
アルマは冷静に彼を迎え撃った。彼女もまた、旧文明の技術を応用した戦闘スーツを身に纏っていた。最高指導者としてではなく、世界の守護者として、彼女はリディアスの前に立ちはだかった。
二人の戦闘は、アークの中枢で火花を散らした。リディアスは、アルマが持つ技術と力に圧倒されながらも、憎悪ではなく、世界を変えるという強い意志で戦った。 - 知識の解放と罪歌の解除
その時、アーク全体に、一時的なシステムエラーの警報が鳴り響いた。
『警告:外部アクセスによる広範なデータストリームのリークを確認!』
リディアスとアルマは同時に動きを止めた。
それは、地上にいたエル・マリアとアンによる行動だった。エル・マリアは、リディアスから託されたアクセスキーと、彼女が知る宮殿の機密情報を組み合わせ、「ソラの罪歌」以外の、人類にとって有益な知識(クリーンエネルギー、食糧生産技術、古代の歴史)のデータストリームを、帝都の公共ネットワークに向けて一斉に解放したのだ。
地上では、市民たちの端末が一斉に光を放った。最初は混乱に包まれたが、飢餓を終わらせる知識、病気を治す技術が広がり始めると、人々の顔に驚きと希望の光が灯った。
アルマは信じられないものを見るように、エラーメッセージを見つめた。
「エル・マリア……裏切ったのか……」
「アルマ!」リディアスは叫んだ。「見ろ! 知識は制御ではなく、善意によって解放されなければならない! あなたの独裁は終わった!」
リディアスの言葉、そして娘の行動が、アルマの信念を揺さぶった。彼女の目から、長年の重圧が解放されるような、微かな涙が溢れた。彼女は、力による支配の失敗を悟った。
「そうか……これが、貴様らの正義か……」
アルマは、検疫プログラムの起動を諦めた。そして、最後の力を振り絞り、リディアスに最後の真実を告げた。
「ソラの罪歌は、プロトコルそのものではない。それは、アークの自爆タイマーだ。知識が解放された場合、アーク全体を破壊し、この技術を二度と人類に渡さないための最終防衛システム……貴様の復讐心が引き起こした、最終警告だ」
アルマは、リディアスに最後のアクセス権を渡し、自ら最終兵器の起動シーケンスを停止させようとメインフレームに身を捧げた。
「ソラの罪歌は、私自身の罪だ。私がここで終わらせる。貴様は行け、リディアス。新たな世界を、娘と共に見届けろ」
アーク全体が激しく振動し始めた。リディアスは、アルマを連れ出そうとしたが、アルマは首を横に振った。
リディアスは、復讐の標的であったアルマを救うことも、憎悪を晴らすこともできないまま、崩壊するアークから脱出ポッドで地上へ向かった。
エピローグ:新たな旋律
数週間後、世界は一変していた。
アークは半壊し、その残骸は帝都の郊外に静かに横たわっていた。アルマは行方不明となり、「知識の検疫プログラム」と共に、ソラの罪歌も永遠に消滅したと見なされた。
帝都は、最高指導者を失ったが、崩壊はしなかった。
エル・マリアは、「知識の解放者」として、アンと共に新生政府の設立を指導していた。彼らは、アークから解放された知識を基に、より公正で平等な社会の再建に着手していた。武力による革命ではなく、知識と善意による、静かな革命だった。
リディアスは、二度と公の場に姿を現さなかった。彼は、ゼニスやカノン、そしてアルマの犠牲を胸に、「ソラの罪歌」という憎悪の連鎖を断ち切ったことを知っていた。
彼の姿は、かつてR区の廃墟だった場所にあった。彼は、カノンから託された最後のメッセージを思い出した。
「リディアス、君が憎悪を乗り越えた時、君の人生は、誰かのための希望の旋律になるだろう」
リディアスは、エル・マリアが解放した知識のおかげで、もはや奴隷ではない、自由な人々の顔を見て微笑んだ。彼の復讐の旅は終わった。今、彼は、カノンの言う「新たな旋律」を奏でる、新しい世界の始まりを見届けていた。
完
ソラの罪歌のオープニング、エンディングテーマ曲
🎶Ark of Rebellion – 罪咎の螺旋 (ざいきゅうのらせん)【ソラの罪歌OP】
🎶静かなる方舟の鎮魂歌(ちんこんか)【ソラの罪歌ED】
https://note.com/embed/notes/n5a21ed36bb6d
ソラの罪歌【外伝】|「鋼の揺り籠、灰の聖母」(小説)は、ここから
https://note.com/embed/notes/n9979e15cf064
ソラの罪歌【外伝】のオープニング、エンディングテーマ曲(テーマ曲)は、ここから
🎧OP「灰の揺り籠、鋼の聖母」
🎧ED「慈悲の焔(ほむら)と、鋼の約束」
https://note.com/embed/notes/n0345584bef2f



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