第四話:翠玉の狩人と、森の悲鳴
一. 都の封印と、森の異変
都の東端。緋村 茜(赤)と白石 耀(白)の共闘により、**「無色の印」**を持つ古の妖は、かろうじて結界の中に封じ込められた。しかし、その結界は二人の霊力の消耗によって、いつ破られてもおかしくない状態だった。
「…緋村殿。貴女の炎がなければ、奴は都の深部へ侵入していたでしょう」
耀は霊力の回復を図りながら、疲労の色を隠せない茜に声をかけた。
茜は荒い息を整えながら、武具を肩に担いだ。
「私を褒めるな、耀。私の**『浄化』**が、奴を解放したのだ。椿の計算が外れるなど…ありえなかったことだ」
彼女の情熱的な瞳には、戸惑いと自己嫌悪の炎が揺れていた。
「椿殿の解析では、あの妖は**『色』**の霊力を吸収する。我々の戦いは、すべて黒幕の計画通りに進んでいる可能性が高い」
耀は、葵(青)から得た情報、夜音(黒)が奪った木簡、そして目の前の古の妖に刻まれた**「無色の印」を繋ぎ合わせた。すべての糸が、都の外、そして自然**へと向かっている。
「咲耶、都の護衛は陰陽寮に任せ、急ぎ京外の**『翠葉の森』**へ向かう。穢れを浄化するはずの私の裁きが、逆に森を穢してしまったかもしれない」
二. 風声の術と、理(ことわり)の無関心
翠葉の森。都の陰陽師たちが立ち入ることを許されない、古の神々が宿る地だ。
耀と咲耶が森に足を踏み入れると、霊気は一変した。都の淀んだ霊気とは異なり、ここは清浄で豊かだが、その根底に激しい**「怒り」と「悲鳴」**が渦巻いているのを感じた。
「姉様、森の霊気が泣いています。まるで、私たちの穢れを拒絶しているみたいです…」咲耶が顔を曇らせる。
その時、**「風声(ふうせい)の術」**と呼ばれる、超遠距離からの霊力攻撃が、耀の足元を掠めた。それは、風に乗せて遠くから放たれた霊力の矢であり、もし直撃すれば、耀の命を奪うほどの精密さと威力を持っていた。
「誰だ!」耀は即座に清明結界を展開する。
森の奥から、一人の巫女装束の女性が静かに現れた。翠葉 葉月(みどりば の はづき)。緑チームのリーダーであり、古の森の巫女だ。彼女の背後には、パートナーである**緑川 芹歌(みどりかわ の せりか)**が、半分獣化した異形の装束を纏い、威嚇するように潜んでいた。
「森を穢す者よ。都の裁き人、白石 耀」
葉月の声は、風の囁きのように穏やかだが、その言葉には鋭い怒気が含まれていた。
「貴女は何の権利があって、私を攻撃する?」耀は問う。
葉月は、耀の持つ純白の霊符を、忌々しそうに見つめた。
「権利?この森を守るのが、私の理(ことわり)だ。貴女の清明結界が、数日前、この森の端で、禁忌の実験の穢れを隠蔽したことを、風が教えてくれた」
三. 森の穢れと、命の連鎖
葉月は、耀が数日前に都で討伐し、霊力を浄化したはずの小型の妖の残骸を指さした。その妖の残骸からは、わずかに無色の霊力の残滓が検出された。
「貴女は、都の理に従い、この妖を『都の穢れ』として裁いた。そして、その霊力と穢れを、自らの清明結界で浄化した」
「それが、理に基づく裁きです」
「理だと!」葉月の瞳に、強い怒りの光が宿る。「貴女の浄化は、この森にとって、最も非情な破壊だった!」
葉月は、その小さな妖の残骸から、一本の細い植物を引き抜いた。
「この妖は、穢れを溜め込むことで、無色の存在に利用されていた。だが、彼らもまた、この森の命の連鎖の一部だった」
葉月の言葉は、耀のこれまでの信念を揺さぶった。
「貴女の純白の裁きは、妖の霊力を無理やり浄化する。それは、彼らの霊力の中にあった**『無色の印』**の情報を、根こそぎ焼き払い、森の土に返さないことを意味する」
「つまり…?」
「貴女は、無色の存在が森に仕掛けた罠を、知らず知らずのうちに完璧に隠蔽したのだ」
四. 無色の印が意味するもの
葉月は、深いため息をつき、静かに翠玉の結界を展開した。結界は治癒の光を放ち、森の穢れた箇所をゆっくりと修復していく。
「都の人間は、森の命を**『道具』か『穢れ』としか見ない。貴女の理(ことわり)の無関心**が、我々緑チームが最も恐れるものだ」
その時、葉月のパートナー、芹歌が、獣化した鼻をひくつかせ、都の方角を指さした。
「リーダー、都から…巨大な穢れが、御所へ向かっています!あれは…**『色』**の霊力を貪る、異常な霊気です!」
それは、第三話で耀と茜が一時的に封印した、**「無色の印」**を持つ古の妖の霊気だった。封印が破られたのだ。
「…やはり。無色の存在は、あの古の妖を**『色』を狩るための餌場**として利用している」
葉月は、森のすべての情報を集約する**「翠玉の結界」**を通じて、恐ろしい真実にたどり着いていた。
「白石殿。聞いてください。『無色の印』の真の目的は、七つの色、すなわち私たちのすべての霊力を、奴の餌にすることだ」
葉月は続けた。
「夜音(黒)の里の憎悪、菫(紫)の幻術、茜(赤)の炎、そして貴女の純白の裁き…七色の異能は、奴にとって、より純粋な力を手に入れるための材料でしかない」
五. 巫女の警告と、共闘への道
「貴女の裁きは、都の理を正そうとするが、都の理自体が、無色の存在に操られている」
耀は、自らの純白の霊符を強く握りしめた。彼女が信じていた理は、最初から存在せず、すべてが誰かの手のひらの上だったという事実に、激しい虚無感を覚えた。
「翠葉殿。…私が、森の穢れを増幅させたことは認めます。ですが、私はもう、理ではなく、私の意志で動いている」
耀は、自らの清明なる霊力を、森の穢れを浄化するためではなく、葉月の翠玉の結界を安定させるために注ぎ込んだ。
「あの妖は、**紅蓮(赤)の霊力も、私の純白(白)**の霊力も吸収しました。この森に侵入される前に、必ず討伐しなければならない」
葉月は、耀の霊力が、初めて**「自己の理」のためではなく、「他者の結界」**のために使われたことに気づき、わずかに驚きを見せた。
「…分かりました。白石殿の意志は、信じましょう」
葉月は、翠玉の霊力で、遥か都へと向かう古の妖の霊気を辿った。
「都に戻りなさい。次に奴を追うのは、都の外の人間である私と、市井の民を救おうとする者たちだ」
耀は頷き、咲耶と共に森を後にした。彼女は、都の闇の深さと、自らの無力さを痛感していた。七色の異能が、すべて無色の餌であるという真実を胸に、彼女は次に動く**黄色(金光)**の存在を探し始める。


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